スマートフォンが普及し、誰もが気軽に写真を撮れるようになった現代社会。その一方で、悪意を持った写真撮影による被害も深刻化しています。特に近年、大きな注目を集めているのが「性的容姿等撮影罪」です。この法律は、従来の盗撮行為などをより厳しく取り締まるために新設されました。
しかし、「性的容姿等撮影罪」という言葉は聞いたことがあっても、具体的にどのような行為が罪になるのか、どれくらいの罰則があるのか、そしてもし自分が被害に遭ってしまったらどうすれば良いのか、詳しく理解している方はまだ少ないかもしれません。
この記事では、「性的容姿等撮影罪」について、その定義、成立要件、法定刑、そして関連する法律との違いなど、多角的に掘り下げて解説します。また、もしあなたが被害者になってしまった場合の対処法や、私たち一人ひとりができる対策についても詳しくご紹介します。
この情報を通じて、誰もが安心して暮らせる社会の実現に貢献できれば幸いです。
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性的容姿等撮影罪とは? – 法律の概要と新設の背景
「性的容姿等撮影罪」は、2023年7月13日に施行された「性的な姿態を撮影する行為等の規制に関する罪」の通称です。これは、刑法に新たに設けられた犯罪であり、従来の都道府県の迷惑防止条例などでは対応しきれなかった、悪質な盗撮行為や性的画像を拡散する行為をより厳しく取り締まることを目的としています。
新設の背景:なぜ今、この法律が必要とされたのか
以前から、盗撮行為は各都道府県の迷惑防止条例で規制されていました。しかし、条例による規制にはいくつかの課題があったんです。まず、各都道府県の条例によって規制内容や罰則が異なり、全国一律の基準がありませんでした。これにより、地域によって法の適用にばらつきが生じる可能性がありました。また、多くの場合、条例は公共の場所や特定の施設内での撮影に限定されており、プライベートな空間での盗撮には対応しきれないケースも存在したんです。さらに、「盗撮」の定義自体が曖昧で、撮影の目的や意図が明確でなく、盗撮と断定しにくい場合もありました。
加えて、スマートフォンや小型カメラの高性能化、SNSなどでの画像拡散の容易化といったデジタル技術の進化は、被害をより一層深刻化させました。従来の法律ではこの状況に追いつけないという問題も浮上してきたんです。
これらの課題を解決し、デジタル化された社会における新たな犯罪形態に対応するため、国全体で統一的な基準を設ける必要性が高まりました。そして、国際的な性犯罪対策の強化という背景もあり、性的な姿態を撮影する行為そのものを明確に犯罪と位置づける「性的容姿等撮影罪」が新設されるに至ったのです。
従来の「盗撮」との違い:より広範囲な行為を規制
「性的容姿等撮影罪」は、従来の「盗撮」という言葉が持つイメージよりも、はるかに広範囲な行為を規制します。この法律では、「性的姿態」の定義が拡大されており、衣服の上からでも、特定の部位が性的な意図を持って撮影された場合も含まれる可能性があります。
さらに、撮影場所についても大きな違いがあります。従来の規制が公共の場所に限定されることが多かったのに対し、この法律では場所を問いません。公共の場所だけでなく、住居、職場、学校、そして自己の所有する場所など、あらゆる場所での撮影が規制対象となります。これにより、例えば自宅に忍び込んで盗撮を行うといった行為も明確に処罰できるようになりました。
そして、撮影の意図も重視されます。被写体の意図に反して、性的な好奇心を満たす目的や、性的な嫌がらせを目的とした撮影が対象となります。このように、この法律は場所や状況に縛られず、性的な意図を持った撮影行為そのものを犯罪として捉えることで、被害の発生を未然に防ぎ、被害者をより手厚く保護することを目指しています。
性的容姿等撮影罪の成立要件と法定刑
では、具体的にどのような行為が「性的容姿等撮影罪」として成立するのでしょうか。そして、その罰則はどのくらいなのでしょうか。
成立要件:どんな行為が「罪」になるのか?
「性的容姿等撮影罪」が成立するためには、以下の要件を満たす必要があります。
- 撮影対象: 「人の性的な姿態」または「人の性的な姿態を撮影した画像・電磁的記録」です。
- ここでいう「性的な姿態」とは、一般的には水着姿や下着姿、裸体など、性的な部位が露出している状態を指します。しかし、単に露出していなくても、衣服の上からでも性的な意図を持って撮影された場合は「性的な姿態」と判断される可能性があります。例えば、スカートの中を狙って撮影する行為や、特定の身体のラインを強調して撮影する行為などがこれに該当しうると考えられます。
- 撮影場所: 場所を問わず、公共の場からプライベートな空間まで全てが対象となります。
- 撮影方法: 静止画、動画、デジタルデータなど、あらゆる形式での撮影や記録が対象です。カメラ付き携帯電話、スマートフォン、デジタルカメラ、隠しカメラなど、使用された機器の種類も問いません。
- 被害者の同意: 被害者の意思に反して行われた撮影であることです。もし同意があったとしても、それが欺罔(だまし)や脅迫によるものであった場合は、同意は無効とみなされます。
- 撮影の目的: 性的な好奇心を満たす目的、または他人に性的な羞恥心を与える目的がある場合に罪が成立します。単なるいたずらや興味本位では済まされないのです。
これらの要件が複合的に判断され、罪の成立が決定されます。
法定刑:どれくらいの罰則があるのか?
「性的容姿等撮影罪」の法定刑は、3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金です。
従来の迷惑防止条例の罰則と比較しても、非常に重い刑罰が科せられることになります。これは、この法律が性的な撮影行為による被害の深刻さを重視し、その抑止効果を高めることを意図している表れと言えるでしょう。
補足:拘禁刑とは? 2025年6月1日より施行される改正刑法により、これまでの懲役刑と禁錮刑が「拘禁刑」に一本化されます。拘禁刑は、刑務所などの施設に収容され、必要な作業を行わせることができる刑罰です。これにより、受刑者の特性に応じた柔軟な処遇が可能となり、再犯防止に繋げることが期待されています。
未遂犯、常習犯、拡散行為への加重
「性的容姿等撮影罪」は、その悪質性に応じてさらに重い罰則が科される場合があります。
例えば、未遂犯も処罰の対象となります。撮影が完了しなかったとしても、撮影しようとした行為が認められれば未遂罪として処罰されるのです。これは、レンズを向けた時点で逮捕される可能性があるということです。
また、常習的に同様の行為を行った場合、通常の法定刑よりも重い罰則が科される可能性があります。
さらに深刻なのが、撮影物の拡散行為への加重です。撮影した画像や動画をインターネット上に公開したり、他者に拡散したりする行為は、さらに重い罪に問われます。この場合、「撮影罪」とは別の「リベンジポルノ防止法」なども適用され、複合的に罰則が加重される可能性があるのです。
このように、撮影行為そのものだけでなく、その未遂行為や拡散行為まで含めて厳しく取り締まることで、被害の発生と拡大を包括的に防ぐことを目指しています。
性的容姿等撮影罪と関連する法律
「性的容姿等撮影罪」は、性的な被害を取り締まるための新たな法律ですが、他にも関連する法律が存在します。これらの法律との違いを理解することで、より深く法律の全体像を把握することができます。
各都道府県の迷惑防止条例との関係
「性的容姿等撮影罪」が新設された後も、各都道府県の迷惑防止条例が廃止されたわけではありません。では、両者の関係はどうなるのでしょうか。
原則として、「性的容姿等撮影罪」が優先的に適用されます。これは、国が定めた刑法が、地方公共団体が定める条例よりも上位の法規範であるためです。
しかし、条例が適用されるケースも考えられます。例えば、「性的姿態」とまでは言えないが、迷惑行為と判断される場合です。性的な意図がないとしても、むやみに人を撮影する行為や、つきまとい行為など、迷惑防止条例で規定されている他の迷惑行為に該当する場合があります。また、条例によっては、性的撮影行為以外の迷惑行為についても細かく規定されており、そういったケースでは引き続き条例が適用されることになります。
つまり、「性的容姿等撮影罪」は、性的な撮影行為に特化した、より重い罰則を持つ法律として機能し、迷惑防止条例はそれ以外の多岐にわたる迷惑行為を規制する役割を担っていると言えるでしょう。
リベンジポルノ防止法(私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律)との関係
「リベンジポルノ防止法」は、同意なく撮影された性的な画像や動画をインターネットなどで公開・拡散する行為を規制する法律です。
これらの法律の役割には違いがあります。「性的容姿等撮影罪」は「撮影行為そのもの」を規制するのに対し、「リベンジポルノ防止法」は撮影された「画像や動画の拡散行為」を規制します。
両方の法律が併用されるケースも存在します。例えば、同意なく性的な画像を撮影し(性的容姿等撮影罪)、さらにその画像をインターネット上に公開した場合は(リベンジポルノ防止法)、両方の法律に違反することになり、より重い刑罰が科される可能性があります。
リベンジポルノ防止法は、一度拡散されてしまったデジタルデータによる被害の深刻さに着目し、その流通を食い止めることを目的としています。性的容姿等撮影罪と合わせて、性的な被害を包括的に防ぐための重要な法律として機能しています。
児童買春・ポルノ禁止法(児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律)との関係
「児童買春・ポルノ禁止法」は、児童に対する性的搾取や虐待を防ぐための法律です。
これらの法律の対象には違いがあります。「性的容姿等撮影罪」は成人を含む「人」全般の性的な姿態の撮影を規制するのに対し、「児童買春・ポルノ禁止法」は18歳未満の「児童」を対象とした性的な行為や、児童ポルノの作成・提供・所持などを規制します。
もし、撮影の対象が児童である場合、性的容姿等撮影罪に加えて、児童買春・ポルノ禁止法にも違反することになります。この場合、児童買春・ポルノ禁止法の方がより重い罰則が規定されているため、そちらが優先的に適用されることが一般的です。
児童買春・ポルノ禁止法は、特に脆弱な立場にある児童を保護するための極めて重要な法律であり、性的な被害から子どもたちを守るために厳しく運用されています。
もし被害に遭ってしまったら? – 被害者への支援と対処法
もし、あなたが「性的容姿等撮影罪」の被害に遭ってしまったら、一人で抱え込まず、速やかに適切な対処を取ることが重要です。
被害に遭った際の具体的な対処法
- 身の安全を確保する
- 何よりも大切なのは、あなた自身の安全です。撮影されていることに気づいたら、すぐにその場を離れ、安全な場所に移動しましょう。
- 加害者が逆上する可能性もあるため、無理に加害者と対峙しようとせず、速やかに警察や周囲の人に助けを求めましょう。
- 証拠を集める
- 後の捜査や裁判において、証拠は非常に重要になります。いつ、どこで、何があったのかを具体的に記録しましょう。
- 加害者の特徴(性別、身長、服装、顔立ちなど)、使用された機器(スマートフォン、カメラなど)、周囲の状況などをメモに残すことも有効です。
- もし目撃者がいれば、協力を求め、連絡先を聞いておきましょう。近くに防犯カメラがあれば、映像が残っている可能性がありますので、警察に相談する際に伝えておきましょう。
- ただし、無理に証拠を集めようとして、二次被害に遭わないように注意してください。
- 警察に相談・通報する
- 最も重要な対処法の一つが、警察への相談・通報です。緊急性が高い場合はすぐに110番に電話しましょう。
- 緊急性が低い場合でも、速やかに警察に相談し、被害届を提出することをお勧めします。
- 相談する際には、被害の状況、集めた証拠、加害者の情報などをできるだけ詳しく伝えてください。
- 警察は、被害届を受理すると捜査を開始し、加害者の特定や逮捕、そして事件の解決に向けて動いてくれます。
- 専門機関や相談窓口に相談する
- 精神的なケアや法的なアドバイスなど、専門的なサポートを受けることも重要です。
- 各都道府県には性犯罪被害者支援センターが設置されており、性犯罪被害者へのカウンセリング、医療支援、法的支援などを行っています。
- 民事訴訟による損害賠償請求を検討する場合や、刑事手続きにおけるアドバイスが必要な場合は、弁護士に相談しましょう。
- 精神的なショックやストレスを抱えている場合は、心の健康センターや精神科医によるカウンセリングや治療を受けることをお勧めします。
- これらの機関は、被害者が安心して相談できる環境を提供し、適切なサポートを提供してくれます。一人で悩まず、積極的に活用しましょう。
- 撮影された画像や動画が拡散された場合の対処
- もし、撮影された画像や動画がインターネット上に拡散されてしまった場合は、以下の対処も必要になります。
- まず、警察に相談し、拡散の事実を伝えましょう。リベンジポルノ防止法の適用も検討されます。
- 次に、画像が掲載されているウェブサイトやSNSの運営会社、またはインターネットサービスプロバイダ(ISP)に対して、削除を要請しましょう。ほとんどのプラットフォームには、不適切なコンテンツの報告や削除申請の機能が設けられています。
- 削除要請がうまくいかない場合や、損害賠償請求を検討する場合は、弁護士に相談することをお勧めします。
- デジタルタトゥーは一度拡散されると完全に消し去ることは難しいですが、拡散を食い止めるための手段は存在します。諦めずに専門家と協力して対処することが重要です。
これらの行動を速やかに取ることで、被害の拡大を防ぎ、解決に向けた第一歩を踏み出せます。
私たちにできること – 予防と意識の向上
「性的容姿等撮影罪」の被害を未然に防ぎ、誰もが安心して暮らせる社会を築くためには、私たち一人ひとりの意識改革と行動が不可欠です。
被害に遭わないための自己防衛策
- 不審な人物には注意しましょう。公共の場所や人混みでは、周囲に不審な動きをしている人がいないか意識を持つことが大切です。
- 特にスカートやショートパンツを着用する際は、周囲の状況に注意し、必要に応じて羽織り物などで露出を抑える工夫も有効です。
- エスカレーターや階段、試着室、トイレなど、死角になりやすい場所では特に警戒しましょう。
- スマートフォンのカメラ機能の中には、周囲に音を立てずに撮影できるものもあります。知らないうちに撮影されている可能性も考慮に入れましょう。
- そして、この機会に改めて考えてほしいことがあります。「盗撮」という言葉は、安易な響きがあり、被害の深刻さを矮小化する可能性があります。正式な法律用語である「性的姿態等撮影罪」を用いることで、その行為の重大性を認識し、意識を高めることができます。
これらの自己防衛策は、あくまで被害を減らすための一助であり、被害に遭った原因を被害者自身に求めるものではないことをご理解ください。
周囲の人を守るためにできること
- もし、目の前で不審な撮影行為を目撃したら、ためらわずに声をかけたり、警察に通報したりするなど、積極的に行動しましょう。
- また、性的な被害は誰にでも起こり得ることであり、被害者を責めるような言動は厳に慎むべきです。
- 子どもたちに対して、性的な被害に遭わないための知識や、もし被害に遭ってしまった場合の対処法を教えることも重要です。同時に、加害者にならないための倫理観も育む必要があります。
- そして、「性的容姿等撮影罪」に関する情報を正しく理解し、周囲の人にも伝えることで、社会全体の意識向上に貢献できます。
社会全体の意識改革に向けて
「性的容姿等撮影罪」の新設は、社会が性的な被害に対してより厳しく、そして真剣に向き合う姿勢を示したものです。しかし、法律があるだけでは被害はゼロになりません。
- 幼い頃からの性教育の充実を通じて、正しい知識と人権意識を育むことが重要です。
- 性的な偏見や差別をなくし、男女が対等な立場で尊重し合う社会を築くことが、根本的な解決に繋がります。
- インターネットやSNSの適切な利用方法を学び、安易な情報拡散がもたらす危険性を理解することも必要です。
これらの取り組みを通じて、性的な被害が許されないという社会の共通認識を確立し、安全で安心な社会を築いていくことが、私たちに課せられた大きな課題です。
まとめ:性の尊厳を守る、新たな一歩
「性的容姿等撮影罪」は、私たちの性の尊厳を守るための、社会の大きな一歩です。この法律は、単に盗撮行為を厳しく取り締まるだけでなく、性的な意図を持った不適切な撮影行為そのものが許されないという強いメッセージを社会に発信しています。
しかし、法律が機能するためには、私たち一人ひとりがその内容を正しく理解し、意識を高めていくことが不可欠です。もし、あなたが被害に遭ってしまったら、決して一人で抱え込まず、警察や専門機関に相談してください。そして、周囲の人々も、異変に気づいたら積極的に行動し、被害者を支える社会を築いていくことが求められます。
性の尊厳が守られ、誰もが安心して自分らしく生きられる社会の実現に向けて、私たち一人ひとりができることを考え、行動していくことが、今、最も重要であると言えるでしょう。