調停での話し合いを活用して婚姻費用を決める方法――円満な解決を目指すために

夫婦が別居することになったとき、あるいは離婚を検討している段階で大きな問題となるのが「別々に暮らす間の生活費をどう負担するか」という点です。特に専業主婦(主夫)の場合や、子どもを育てている場合には、生活費に大きな不安を抱えることも珍しくありません。実は、法律上は離婚が成立するまでの間、夫婦がお互いに生活費を支え合う仕組みが用意されています。これが「婚姻費用」です。
しかし、いざ生活費の分担を話し合おうとすると、夫婦間の感情や経済状況の違いから折り合いがつかず、長期間揉め続けてしまうケースもあります。そんなときに役立つのが、家庭裁判所で行われる調停という制度です。本記事では、婚姻費用をめぐるトラブルを話し合いで解決するためのポイントや手続きの流れ、注意点などをわかりやすく解説していきます。ぜひ参考にしてみてください。
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そもそも婚姻費用とは?
離婚前の生活費を支える仕組み
夫婦は法律上、お互いに協力して生活を成り立たせる義務があります。これは別居中でも同様で、正式に離婚が成立するまでは、互いに生活費を分担する必要があるのです。こうして支払われる生活費を「婚姻費用」と呼びます。家賃・光熱費・食費などの基本的な出費はもちろん、子どもがいる場合は学費や習い事の費用なども含まれることが多いです。
養育費との違い
混同されやすいのが「養育費」。養育費は離婚成立後に、子どもの生活を維持するために支払われる費用です。一方で、婚姻費用はまだ夫婦の籍が入ったまま(離婚未成立)の状態で支払われる費用を指し、たとえ別居中であっても法的には夫婦であることに変わりはないため、相手の生活を補う義務が発生します。
対象となる費用の範囲
「婚姻費用」としてカバーする範囲は夫婦それぞれの生活状況により異なるものの、一般的には次のような出費が考慮されます。
- 住居費(家賃や住宅ローンの一部負担)
- 食費、光熱費、日用品代
- 子どもの教育費、医療費
- 通院費や保険料、交通費など
夫婦どちらの収入が多いか、子どもの人数・年齢や学費がどの程度かかるかなどを踏まえ、実際の負担額が決まっていきます。
なぜ話し合いがうまくいかないのか?
感情的な対立
別居や離婚を考える段階では、夫婦関係が悪化していることが多く、冷静に生活費の話し合いをするのが難しくなるケースがあります。「自分はこんなに苦労しているのに」「相手が悪いから別居に至ったのに」などの感情が先行すると、建設的な交渉が進みにくくなるのです。
収入格差と負担意識のずれ
夫婦間で大きな収入差がある場合や、専業主婦(主夫)が長らく家計を支えられていない場合、あるいは働いていてもパートやアルバイトなどの不安定な収入しかないといった事情が重なると、「どの程度負担してもらうのが妥当か」という点で対立が生まれやすくなります。相手の年収を把握できていないことも少なくありません。
子どもの存在による複雑化
子どもがいる場合は教育費や習い事の費用など、生活費以外にも考慮すべき支出が増えます。さらに子どもとどちらが一緒に暮らすのか(監護権・親権の問題)も絡んでくるため、夫婦間の意見の対立がいっそう複雑化することがあります。
家庭裁判所の調停とは?
第三者を交えて冷静に話し合う制度
夫婦間での話し合いがどうしてもうまくまとまらない場合、役立つのが家庭裁判所の調停手続きです。裁判所が選任する調停委員を交えて、当事者同士がそれぞれ意見を出し合い、合意を目指します。裁判とは異なり、あくまでも話し合いで解決することが目的であり、当事者が納得のいく結論を探っていく点が特徴です。
調停委員の役割
調停委員は法律や心理学、福祉などの専門知識をもった人たちで、夫婦の意見を順番に聞きながら、どこで折り合いをつければいいのかを客観的に助言します。夫婦が顔を合わせずに別々の部屋で話を聞いてもらうことも可能で、感情的な衝突を避けながら冷静に話し合いを進められる利点があります。
調停のメリット
- 非公開で進む:プライバシーに配慮され、外部に話が漏れるリスクが低い。
- スピーディーかつ費用が安い:裁判に比べて手続きが早めに完了するうえ、費用負担も比較的小さい。
- 柔軟な解決が可能:当事者同士が合意した内容であれば、裁判よりもきめ細かい条件を設定しやすい。
調停を申し立てる流れ
申立書の作成と提出
まずは婚姻費用に関する話し合いを求めるため、家庭裁判所に「調停の申立書」を提出します。申立書には、どのような事情で別居に至ったか、現在の生活状況や収入の状況などを記載するとともに、「どのような結論を望むのか」を明確に書いておくと、スムーズに審理が進みます。
期日の指定と呼出状の送付
申立書を受け取った裁判所は、相手(配偶者)にも調停が申し立てられた旨を通知し、初回の調停期日を指定します。通常は、申立から1~2か月後くらいに初回期日が設定されることが多いです。両者ともに指定日時に家庭裁判所へ赴き、調停委員との話し合いを始めます。
調停当日の流れ
- 受付・待機:当事者はそれぞれ別々の待合室で待機することが一般的。
- 個別面談:調停委員は夫婦を交互に呼び出し、現状や希望をヒアリングする。
- 合意点の模索:調停委員を介して、夫婦が合意できそうな条件を探っていく。
- 合意成立または継続:その日に話がまとまらなければ、後日再度期日が設けられることもある。
金額設定のポイント
婚姻費用算定表を参考に
家庭裁判所は、夫婦の収入や子どもの人数・年齢などを踏まえて「どのくらいの金額が適切か」を判断する目安として「婚姻費用算定表」を活用しています。この算定表は公開されており、誰でも確認できます。自分の収入・相手の収入をざっくりと把握したうえで、事前に算定表を確認しておくと、話し合いがスムーズに進むでしょう。
別居先の家賃・生活水準を考慮
夫婦それぞれの生活状況を踏まえたうえで、婚姻費用の金額を最終的に調整するケースが多いです。特に別居先の家賃が高い場合、相応の支援が必要になるかもしれませんし、逆に高級マンションに住む選択をしているなら「そこまでの負担をする必要はない」という意見が出るかもしれません。実際の生活水準と支払い能力のバランスを意識することが重要です。
子どもの教育費や医療費
子どもがいる場合は教育費、塾代、習い事、医療費などの特別な出費がある可能性も考慮に入れます。算定表だけでは把握しきれない負担がある場合は、調停委員に対して具体的な支出項目や金額を示すと、より現実的な調整が可能です。領収書や明細書、通帳の記録などを用意しておくと説得力が増します。
調停が成立したら
調停調書の作成
調停によって合意に至った場合、その内容は「調停調書」という正式な書面にまとめられます。ここには婚姻費用の金額、支払方法(口座振込や手渡しなど)、支払い期日、その他必要な条件(子どもの進学時に増額する場合など)が記載されます。調停調書は裁判所が作成し、夫婦が署名・押印して内容を確定させます。
法的拘束力の発生
調停調書は判決と同等の効力を持ちます。もし相手が支払いに応じなくなったとしても、裁判所に強制執行を申し立てることで、給料の差押えなどを行うことが可能です。これは口約束やメール、LINEなどでの合意とは違い、法律的に強い効力がある点が大きなメリットです。
変更・再調停の可能性
一度合意した金額でも、その後大きな事情変更があれば再度調停を申し立てて見直しを求めることができます。たとえば失業や転職で収入が激減した場合、相手と協議したうえで調停に臨むことで、金額の修正が認められる可能性があります。
合意に至らなかった場合は?
審判や裁判へ移行
もし調停がまとまらず不成立に終わった場合、家庭裁判所は次の段階として「審判」を行うことを検討することがあります。審判では、裁判官が夫婦の事情をもとに最終的な結論を下します。さらに審判にも不服がある場合は、裁判へと進む選択肢も残されています。ただし、裁判まで進むと時間や費用がかさむうえに、当事者の精神的負担も大きくなるため、できるだけ調停段階での合意を目指すのが現実的といえるでしょう。
弁護士に依頼するかどうか
調停は必ずしも弁護士を立てなければならない手続きではありません。しかし、夫婦間の対立が激しかったり、相手が弁護士をつけている場合には、専門家に依頼したほうが安心できるケースも多いです。弁護士を通じて書類準備や主張の整理などを行えば、スムーズに自分の意見を伝えられるメリットがあります。
円満に話し合うためのコツ
相手の立場も理解してみる
感情的対立から離婚や別居に至った場合でも、話し合いで解決すべき生活費の問題は別物。互いに納得できる合意を目指すなら、相手の収入や家計状況も理解しながら、どこまで負担してもらうのが妥当かを冷静に探る必要があります。一方的に「たくさん欲しい」と主張するだけでは、調停委員の心証を悪くすることもあるため注意しましょう。
必要書類や証拠を揃えておく
話し合いで説得力をもたせるには、客観的な証拠が欠かせません。収入証明(給与明細、源泉徴収票、確定申告書など)や家計簿、子どもの学費・塾代の領収書、家賃の契約書などを事前に整理しておくと良いでしょう。どのくらいの出費があり、どの程度の収入があるのかを明確に示すことで、より公正な金額が算出しやすくなります。
感情的にならない工夫
夫婦関係のこじれた部分までを調停で持ち出してしまうと、肝心の費用問題が二の次になってしまいがちです。調停はあくまでも婚姻費用の話し合いであり、過去の不貞行為や夫婦喧嘩の原因追及が目的ではありません。できるだけ冷静さを保ち、建設的な主張と提案を行うことが合意への近道です。
まとめ
夫婦がまだ離婚に至っていない状態でも、別居しているなら生活費の分担が不可欠です。このとき役立つ仕組みが「婚姻費用」であり、具体的な金額や支払い条件をめぐって争いが生じた場合は、家庭裁判所の調停を活用するのが一般的です。調停は当事者の合意を重視する制度で、裁判よりも費用や時間の負担が少なく、公正な第三者の意見を取り入れながら解決を図ることができます。
- 婚姻費用の基本
- 離婚前(別居中)の家族の生活費を支えるための制度
- 養育費との違いを押さえる(養育費は離婚後、婚姻費用は離婚前に支給)
- 家庭裁判所での話し合い
- 「調停委員」という専門家が間に入り、夫婦の意見をすり合わせる
- 非公開で進むためプライバシーが守られ、費用も抑えられる
- 合意に至れば「調停調書」が作成され、強い法的拘束力をもつ
- スムーズな合意を得るコツ
- 婚姻費用算定表を確認しておく
- 収入証明や家計簿、子どもの学費証明など、客観的な資料を揃える
- 感情的な対立に陥らず、あくまで生活費の話し合いに集中する
最終的に、調停でも解決しなかった場合には審判や裁判へ進む可能性もありますが、時間や費用を考えると、調停での合意を目指すほうが得策といえるでしょう。夫婦関係が悪化している中でも、冷静に判断して生活費を確保しなければならないのは大変なことですが、適切な準備と正しい知識があれば、円満な落としどころを見つけやすくなります。相手との関係や子どもの福祉を最優先に考えつつ、公平な負担で生活を維持できるよう話し合いを進めてみてください。

この記事を監修した弁護士
代表弁護士 平田裕也(ひらた ゆうや)
所属弁護士が150名程度いる大手法律事務所にて、約2年間にわたり支店長を務め、現在に至る。 大手法律事務所所属時代には、主として不貞慰謝料請求、債務整理及び交通事故の分野に関して,通算1000件を超える面談を行い、さまざまな悩みを抱えられている方々を法的にサポート。 その他弁護士業務以外にも、株式会社の取締役を務めるなど、自ら会社経営に携わっているため、企業法務及び労働問題(企業側)にも精通している。
