弁護士コラム

パートナーの不倫で請求できる補償の期限とは?法的根拠から実務まで徹底解説


夫婦であるにもかかわらず、配偶者が別の相手と深い関係を持った場合、裏切られた側には大きな精神的苦痛が生じます。こうした背景から、法律上は「損害に対する補償」(損を請求できる(損害賠償請求できる)可能性が生まれます。しかし、こうした要求はいつまでも認められるわけではなく、法的に定められた期限が存在します。いわゆる“請求権の時限”とも呼ばれるこの仕組みについて、「どのような条件で期限が進行し、いつまでに権利を行使しなければならないのか」は非常に複雑です。

本記事では、配偶者の不貞行為に対する金銭的救済について、その概要から期限の考え方、具体的な注意点までをわかりやすく解説します。実際に発生し得る事例を交えながら、最終的に後悔しないためのポイントをまとめていきます。専門家(弁護士など)への相談を検討する際のヒントにもなるはずですので、ぜひ一通り読んでみてください。

夫婦関係において深い裏切り行為が問題となる理由

婚姻における「貞操義務」とは

法律上、夫婦には互いに誠実である義務(貞操義務)があると解釈されています(民法770条1項1号)。つまり、夫婦が第三者に対して性的関係を持たないようにすることは、夫婦関係の基本的前提です。夫や妻以外の人物と男女の一線を越えた行為に及んだ場合、その裏切られた側には大きな精神的ダメージが生じると社会的にも認識されています。

心の傷と法律上の救済

このような背景から、婚姻関係を維持しているにもかかわらず他人との肉体的関係があった場合、被害を受けた配偶者は「精神的苦痛に対する賠償を求める」権利を持つ可能性があります。社会通念上も重大な裏切り行為とみなされやすく、法的にも「不法行為」(民法709条)として扱われることが多いのです。とはいえ、全てのケースが自動的に賠償義務に直結するわけではなく、個々の状況や証拠の有無によって判断が分かれます。

そもそも「損害賠償(いわゆる精神的苦痛への補償)」とは

民法上の不法行為

日本の民法では、他人に不法行為(違法な行為)によって損害を与えた場合、その損害を賠償する責任があると定めています。夫婦以外と性的関係を持つ行為(一般に不貞行為と呼ばれるもの)もまた、「配偶者の権利を侵害した」とみなされる可能性が高いのです。そのため、裏切られた側は精神的被害について金銭での救済を求められるわけです。

心の痛みを金銭換算する難しさ

「心の傷をお金に換算する」というのは難しく、被害者としては「金銭で解決できる問題ではない」と感じるかもしれません。とはいえ、法的には慰謝料(精神的苦痛の金銭補償)が最も一般的な救済手段です。金額は裁判所が複数の事情を考慮して判断しますが、あくまで被害者の苦痛を金銭に置き換えて補填するという考え方である点に留意しましょう。

裁判実務で見る夫婦以外の関係の判断基準

肉体関係が最大の要素

裁判例では、配偶者以外の人物と肉体的関係を持ったかどうかが大きなポイントとなります。単なるメールやSNSのやりとり、あるいはデート程度では不貞行為とは認められにくいのが現実です(親密交際と認定される可能性はあります。)。ただし、ラブホテルの領収書や写真・動画など、当事者同士の密会が明確に立証された場合には、不貞行為と認定されやすくなります。
 ただし、近時、ラブホテルへの入室が多数回認められた場合であっても、不貞行為が認められなかった裁判例もあります(福岡地方裁判所令和2年12月23日判決/判例タイムズ1491号・195頁)。

精神的苦痛の程度

夫婦としての関係がどれくらい破綻に近いものだったか、一時的な不貞行為なのか長期にわたる関係なのか、子どもの存在や婚姻年数なども総合的に考慮されます。特に、夫婦仲がすでに実質的に壊れていた(長期の別居や離婚協議中など)場合には、裏切られた側が受けるダメージが小さいとみなされ、金銭的補償も減額されることがあります。

法的に請求できる期限(“時の制限”)の基本ルール

民法上の「不法行為による損害賠償請求権」の消滅時期

日本では民法により、不法行為に基づく損害賠償請求権は一定期間が経過すると行使できなくなる、と定められています。いわゆる「消滅時効」と呼ばれる制度で、いつまでも相手方に請求し続けられるわけではないのです。基本ルールとしては「被害者が損害と加害者を知ったときから3年間」で請求権が消滅するとされています。

20年規定」との関係

従来の民法(改正前)は、「被害者が損害と加害者を知ったときから3年、あるいは行為があったときから20年が経過したとき」までが原則でした。つまり、被害を知るのが遅れた場合でも、最終的には20年経つと完全に権利が消えるという二重の期限が設けられていました。2020年に施行された改正民法ではこの点が一部変更され、後述する新ルールで整理されています。

2020年の民法改正と今までのルールの違い

改正の主なポイント

2020年4月1日から施行された改正民法では、不法行為に対する請求権の時効を「損害と加害者を知った時から3年」または「不法行為があった時から5年」のどちらか早い方で消滅すると定めています。つまり、改正前にあった「20年」の規定は廃止され、5年に短縮されました。一方、「発覚から3年」という部分はほぼ従来通りです。

経過措置と注意点

この改正は2020年4月1日以降に生じた不法行為や、それ以前の行為でも改正施行後に時効を迎える場合に適用されると理解されています。ただし、施行日前に既に不法行為があった場合、旧ルール(20年規定)が適用される可能性もあるため、時点によって判断が分かれるケースが出てきます。自分の事例がどちらのルールで処理されるかは弁護士などの専門家に確認すると安心です。

請求できる期限の起算点をめぐる争いと注意点

「損害と加害者を知った日」とは

不法行為に基づく損害賠償請求では、「被害者が損害と加害者を知った時」が大きな争点になります。例えば、夫または妻の裏切り行為を疑っていたものの、確かな証拠を得たのはかなり後だった……という場合、実際に証拠を掴んだ日が「知った日」と解釈されることもあります。ただし、状況によっては「本来であればもっと早く気づけたはず」と判断される可能性もあり、裁判所の裁量が及ぶ部分です。

「不法行為があった時」からのカウント

改正後のルールでは、「行為の時から5年」という期間が定められています。もし裏切り行為が一度きりで終わった場合、その日から5年経過すると請求権は消滅することになります。継続的な関係がある場合でも、いつを起算点とみなすかはケースバイケースです。たとえば、定期的に会っていた場合に「最後の行為」がいつだったかが争点となることもあります。

期限が過ぎるとどうなる?実務的影響と対処法

請求が認められなくなる

期限を過ぎた後に請求を行っても、相手方が「すでに消滅時効が完成している」と主張すれば(消滅時効を援用すれば)、法的には賠償を求める権利は消滅していると判断される可能性が非常に高いです。そのため、いくら不貞行為が明白でも、時期を逸すると法的手段では補償を得にくくなります。

示談交渉での解決余地

時効が完成していても、相手方が任意に支払うことを合意すれば示談として解決できる場合があります。しかし、通常は相手方が「時効を理由に支払いを拒否」するケースが多いため、訴訟などで強制的に回収するのはほぼ不可能となるでしょう。時効を過ぎる前に何らかのアクションを起こすことが極めて重要です。

補償額の相場と考慮される事情

金額の目安

夫婦以外の相手と性的関係を持った事例で認められる補償額は、多くの事例で数十万円から300~400万円程度が一般的な相場となっています。結婚期間の長さや子どもの有無、裏切り行為の悪質性、裏切りによって実際に婚姻関係が破綻したかどうかなど、総合的に勘案して決まるため、一概に「○円」と言い切ることはできません。

長期・継続的関係は高額傾向

複数年にわたって継続的に密会していたり、子どもがいる家庭を崩壊させるほどの重大な影響があったりすると、金額が引き上げられる可能性があります。逆に、一度きりの関係や、既に夫婦仲が冷え切っていたような場合は、相対的に金額が低くなる傾向にあります。

期限切れを避けるためにすべきこと

早期の相談と証拠収集

時効を成立させないためには、早い段階で行動を起こすことが大原則です。具体的には、裏切り行為の存在に気づいた(または疑った)時点で証拠を集め、弁護士などに相談することが望ましいでしょう。自分で証拠を集めるのが難しい場合は、探偵事務所(興信所)などに依頼する方法もあります。

内容証明郵便による請求

相手に対して金銭の支払いを求める場合、まず内容証明郵便を送り、正式に請求の意思を伝えるケースが多いです。請求書や内容証明郵便を送付しておけば、一定の条件で「時効の完成が中断」されることもあります。裁判を視野に入れる場合でも、はじめに書面交渉のステップを踏むことが一般的です。

ケース別に見る交渉や法的手段の進め方

婚姻を継続するか、離婚するか

裏切り行為が発覚しても離婚を望まないケースでは、夫婦間での修復を優先しつつ、相手に一定の賠償を求めるだけで手続きを終える場合もあります。一方、離婚を考える場合には、財産分与や親権、養育費など総合的な話し合いが必要となるため、専門家の力を借りながら慎重に進めることが大切です。

示談交渉・調停・訴訟

話し合いでスムーズに合意に至らないときは、家庭裁判所での調停や地方裁判所での民事訴訟手続きへ進むことがあります。訴訟では証拠の提出と立証が大切で、適切な証拠を揃えていなければ主張が認められにくい場合も多いです。時効や証拠の問題など、法的に複雑な論点が絡むため、弁護士を代理人につけることを検討しましょう。

まとめ:正しい理解と早めの行動が鍵

夫婦の契りを裏切るような行為に対しては、法的に一定の救済(いわゆる金銭的な補償)を求めることができる場合があります。しかし、その権利は「何年でも行使できる」わけではなく、民法で定められた期限(いわゆる消滅時効)が存在します。2020年の改正以降は「3年間」「5年間」という新しいルールが基本となり、以前の「20年規定」と比較して短縮された点にも注意が必要です。

また、期限の起算点がいつになるのか、夫婦関係がすでに破綻していたか否か、裏切り行為の期間や子どもの有無など、多様な事情を総合的に見て判断されるのが現実です。手遅れになってしまわないためにも、相手の行為を知った段階でできるだけ早期に証拠を確保し、専門家に相談するのが得策です。

裏切りを知ったときは感情的にもなりやすく、冷静な判断が難しい場合が多いと思われます。だからこそ、法的な観点と実務的な観点をきちんと理解し、必要に応じて第三者(弁護士・カウンセラーなど)のサポートを受けながら、最善の解決を目指していただければと思います。