熟年離婚と年金分割|知っておくべき制度と手続きの流れ

熟年離婚とは、一般的に結婚生活が20年以上続いた後に離婚することを指します。近年、この熟年離婚の増加が社会的に注目を浴びており、特に老後の生活設計に大きな影響を及ぼす年金の取り扱いは見逃せないポイントです。専業主婦(または専業主夫)の方にとって、離婚後の年金受給額はそのまま生活基盤につながるため、十分な知識を持たずに離婚へ踏み切ることは大きなリスクを伴います。年金制度は複雑で、離婚した時期や婚姻期間、保険料を納付していた期間などによって受給額が大きく変動する可能性があります。そこで本記事では、熟年離婚における年金分割制度の概要や手続きの流れ、注意点などについて解説します。熟年離婚を検討されている方だけでなく、今後の老後生活を見据えて年金制度をしっかり理解したい方の参考になれば幸いです。
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熟年離婚と年金の関係
熟年離婚は子どもが独立し、夫婦それぞれが老後を迎える時期に行われるケースが多いため、離婚後の生活設計が非常に重要となります。とりわけ年金は、退職後における主な収入源のひとつであり、配偶者による扶養期間が長い場合には、自身が受給できる年金額が少なくなりがちです。そのため、厚生年金に長年加入していた側と、そうでない側との間で年金の受給額に大きな差が生じやすく、そこを調整する仕組みが年金分割制度です。熟年離婚に際しては、ただ単に財産分与を行うだけでなく、老後を支える重要な要素として年金の取り扱いを慎重に考える必要があります。
日本の年金制度の基本と分割の意義
日本の公的年金は「国民年金(基礎年金)」「厚生年金」「企業年金・個人年金」という3階建て構造になっています。このうち、全員が加入する国民年金(1階部分)は、原則として20歳から60歳までの全員が対象ですが、実際の受給額は定額であり、専業主婦(夫)を長く続けた場合は厚生年金への加入期間が短くなることが多いでしょう。
厚生年金(2階部分)は会社員や公務員などが加入する保険であり、給料や賞与から保険料が天引きされます。専業主婦(夫)は、配偶者が第2号被保険者(会社員など)であるなら、第3号被保険者として保険料を本人が直接納める必要はありませんが、その分、厚生年金に比べて受給額が低くなりがちです。離婚後の老後の収入源が不足しないようにするためにも、婚姻期間中に配偶者の厚生年金にどれだけの保険料を納めていたかを可視化し、必要に応じて年金分割を検討することが重要です。
年金分割制度とは
年金分割制度とは、離婚時に夫婦の一方(多くの場合は夫)が加入していた厚生年金の保険料納付記録を、他方(多くの場合は妻)に分割する仕組みです。これにより、専業主婦(夫)であった方も、実質的に配偶者の年金の一部を受給できるようになります。年金分割には主に「合意分割」と「3号分割」の2つがあり、それぞれ以下のような特徴があります。
- 合意分割(平成19年4月1日以降の婚姻期間が対象)
当事者間の合意や裁判所の調停・審判などで定められた分割割合に基づき、最大で2分の1まで厚生年金の保険料納付記録を分割できる制度です。 - 3号分割(平成20年4月1日以降の第3号被保険者期間が対象)
第2号被保険者(会社員など)に扶養されていた第3号被保険者期間の厚生年金については、当事者の合意がなくても一律2分の1に分割することができます。
なお、これらの制度が始まったのは比較的最近であるため、婚姻期間が長い熟年夫婦の場合、制度開始前の期間が相当長くなります。その期間をどこまで分割できるかが、老後の生活に大きく影響してきます。
熟年離婚と年金分割の特徴
- 分割対象期間が長期にわたる
結婚生活が長いほど、厚生年金保険料納付の記録も長期にわたり、分割の対象額が高額になりやすい傾向があります。もっとも、制度開始前(平成19年3月以前)の期間は原則として対象外ですが、特例的な方法で分割できるケースがあります。 - 特例的な分割(標準報酬改定請求)の重要性
平成19年3月以前の期間についても、当事者間の合意や裁判所の調停・審判があれば「標準報酬改定請求」によって分割が可能です。長年にわたる婚姻の大半がこの期間に該当する熟年夫婦では、老後の年金額を大きく左右する重要な手段となります。 - 年金受給開始時期が近い
熟年離婚では、すでに年金を受給している、あるいは受給開始年齢が迫っている場合が多く、分割の結果が早期に家計に反映されます。再就職が難しい年齢でもあるため、離婚後の生活設計に直結しやすい点には特に注意が必要です。 - 老後資金への影響が大きい
若い世代の離婚と違って、離婚後の再就職による収入増などは期待しにくく、年金受給額が生活の大部分を占めることも珍しくありません。そのため、年金分割の結果次第では老後の生活水準が大きく変わってしまうことがあります。
特例的な分割(平成19年3月以前の期間への対応)
年金分割制度の施行日である平成19年4月より前の期間は、原則として分割の対象外となっています。しかし、以下の条件を満たした場合、婚姻期間中の厚生年金加入期間全体を視野に入れた「標準報酬改定請求」が認められる可能性があります。
- 当事者同士で合意があること
- または裁判所の調停・審判・判決で分割が決定していること
- 離婚時に、分割の対象を過去にさかのぼって請求できる内容が明文化されていること
熟年離婚の場合は婚姻期間が長期に及ぶため、平成19年4月以降だけでなく、その前の期間も大半を占めるケースが多いでしょう。この制度を活用できるかどうかで、離婚後の受給額が大きく異なる場合があります。
年金分割の手続きの流れ
1. 年金記録の確認
離婚を検討する段階で、夫婦それぞれが「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」、年金事務所での照会によって自身の年金記録を確認します。ここで厚生年金に加入していた期間や報酬額を把握しておくことが大切です。
2. 情報通知書の交付請求
年金分割を具体的に進めるには、日本年金機構に対して「情報通知書交付請求書」を提出し、分割対象となる期間の詳細が書かれた情報通知書を取得します。この通知書を入手しないと、正確な分割の検討ができません。
3. 分割割合の協議または裁判手続き
合意分割の場合は、情報通知書を参考にしながら当事者間で分割割合を話し合い、合意に至ったら合意書を作成します。合意が難しいときは家庭裁判所で調停または審判を行い、裁判所の判断で分割割合を決定してもらうことになります。
4. 標準報酬改定請求書の提出
合意書や調停調書、審判書などをそろえたうえで、日本年金機構に「標準報酬改定請求書」を提出します。ここで重要なのは、離婚日から2年以内に手続きを行わなければ年金分割を請求できなくなる点です。さらに、情報通知書が交付されてから2カ月以内に標準報酬改定請求を行う必要があるため、スケジュール管理にも気を配りましょう。
5. 分割結果の通知・年金額への反映
請求から1~2カ月ほどすると、年金機構から「標準報酬改定通知書」が送付されます。これによって正式に分割が完了し、実際の受給額には速ければ次回の支給から反映されます(既に受給中の場合)。
年金分割の計算方法と受給額のイメージ
年金分割で実際に受給できる額は、「対象期間の厚生年金」に対して「分割割合」を乗じた金額が加算されるイメージです。たとえば、対象期間の年金額が月額10万円だった場合、2分の1(50%)を分割すると5万円が分割され、分割を受ける側の年金が5万円増え、分割する側の年金が5万円減るという仕組みになります。
ただし、ここで注意すべきは「対象期間」に平成19年3月以前の長期が含まれていると、その分は原則として計算に含められない可能性があることです。合意や裁判で特例的な分割が認められれば計算に含まれるので、熟年離婚では特にここが重要な検討材料となります。
年金分割における注意点
- 手続き期限を守る
離婚成立後、2年以内に情報通知書の交付請求を行わないと、年金分割の権利が失われてしまいます。さらに、情報通知書を受け取った後は2カ月以内に標準報酬改定請求を行う必要があるため、段取りをしっかり把握することが大切です。 - 既に年金受給中でも可能
受給開始後でも、離婚から2年以内であれば分割を申請できます。ただし、過去にさかのぼって支給額が変わるわけではなく、分割が認められた後の支給分から変更される点に留意しましょう。 - 再婚や死亡時の扱い
一度分割された年金記録は基本的に元に戻りません。また、離婚前に合意や判決がない状態で相手が死亡した場合、原則として年金分割はできなくなります。特に熟年離婚では、高齢ゆえにこうしたリスクも念頭に置かなければなりません。 - 財産分与との関係
年金分割は財産分与とは別個の制度ですが、実務上は「年金分割をどのように行うか」「財産分与の割合をどうするか」を総合的に決めることが多いです。そのため、年金分割の見通しを踏まえて財産分与を検討すると、より合理的な落としどころを見つけやすくなります。
その他の年金に関する問題
離婚後の保険者種別変
専業主婦(夫)が離婚した場合、第3号被保険者から第1号被保険者へ変更手続きを行わなければなりません。自分で国民年金保険料を納付する必要が出てくるため、経済的な負担が増えることになります。収入が少ない場合は保険料の免除や猶予制度も検討しましょう。
遺族年金の受給権喪失
離婚すると、元配偶者が死亡しても遺族年金を受け取ることはできなくなります。熟年離婚では長年連れ添った夫婦であっても、離婚時に遺族年金の権利を失う点を理解したうえで、年金分割の要否を検討する必要があります。
障害年金への影響
障害年金を受給中の方が離婚して年金分割を行っても、障害年金自体には影響はありません。ただし、相手の厚生年金の一部を分割してもらえるなら、将来の老齢年金には影響が出る可能性があります。
弁護士に相談するメリット
熟年離婚と年金分割の手続きを進める際、法律や年金制度の知識だけでなく、交渉スキルや調停・審判の手続きに関する経験も求められます。弁護士に相談・依頼することで、以下のようなメリットがあります。
- 的確なアドバイス
年金制度は改正も多く、制度開始前後で細かな条件が異なるため、正しい情報に基づいて手続きを進める必要があります。弁護士は最新の法令や判例を踏まえ、特例的な分割が可能かなどを含めてアドバイスします。 - 手続きのサポート
情報通知書の交付請求から標準報酬改定請求まで、書類の不備を無くし、期限に遅れないように進めるのは思いのほか煩雑です。弁護士に依頼すれば、必要書類の準備や役所・年金事務所との連絡、裁判所での手続き代行などを任せられます。 - トータルでの離婚条件を考慮
年金分割のみならず、財産分与や慰謝料、住宅ローンや子の扶養など、離婚に伴う全般的な条件を総合的に検討してもらえます。特に熟年離婚の場合、老後の生活設計を踏まえたうえで離婚条件を定めることが望ましいため、専門家によるサポートが欠かせません。
まとめ
熟年離婚では、長年の婚姻生活で築いてきた財産だけでなく、老後の生活を支える年金の取り扱いが極めて重要です。特に専業主婦(夫)だった方は厚生年金の受給額が少ない傾向にあり、年金分割を利用しないまま離婚してしまうと、老後の生活資金が大幅に不足するリスクがあります。
年金分割には「合意分割」と「3号分割」の2種類があり、それぞれ請求期限や対象期間が異なるうえ、制度開始前(平成19年3月以前)の期間には特例的な分割が必要となる場合があります。情報通知書の交付請求や標準報酬改定請求などの手続きを進める際は、離婚から2年以内などの期限管理が欠かせません。
また、年金分割は財産分与と別の制度ですが、実際には財産分与を含めた総合的な離婚条件として話し合われることが多いです。判断を誤ると離婚後の生活設計に深刻な影響を及ぼす可能性があるため、専門知識を持つ弁護士などに相談することで、より適切な解決策を見つけやすくなります。
熟年離婚を考える際には、相手への感情面だけでなく、老後の収支バランスを見据えた冷静な判断が必要です。年金制度の内容をしっかり把握し、必要に応じてプロのサポートを受けながら、将来に向けて後悔のない選択をするように心がけましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1: 年金分割は必ず2分の1に分割されるのでしょうか?
A1: 3号分割(第3号被保険者期間)は一律で2分の1ですが、合意分割では当事者間の協議や裁判所の決定によって割合を変えることが可能です。ただし、上限は2分の1までと決まっています。長年の婚姻生活での貢献度が大きい場合には、2分の1で合意されるケースが多いです。
Q2: 離婚しても自動的に年金分割されるわけではないのですか?
A2: 自動的には行われません。離婚後2年以内に情報通知書の交付請求をし、さらに標準報酬改定請求を行わないと分割権が消滅してしまいます。熟年離婚に限らず、手続きそのものをしなければ年金分割は実施されません。
Q3: すでに年金を受給していても分割できますか?
A3: はい、可能です。年金を受給し始めていても、離婚から2年以内に請求手続きを行えば分割は認められます。ただし、過去にさかのぼって支給が修正されるわけではなく、請求完了後の支給分から反映される点には注意が必要です。
Q4: 平成19年3月以前の長期婚姻期間がある場合はどうなりますか?
A4: 原則として年金分割の対象外ですが、当事者間の合意や裁判所の調停・審判などがあれば特例的な分割(標準報酬改定請求)が認められる可能性があります。婚姻期間が長い熟年離婚では、ここが老後の受給額を左右する大きなポイントとなります。
Q5: 年金分割と財産分与の両方を請求できますか?
A5: 可能です。年金分割はあくまで厚生年金の保険料納付記録を分割する制度であり、不動産や預貯金などの財産分与とは別個の手続きです。ただし、実務では両方の請求を含めて総合的に合意することが多いため、交渉や裁判手続きの際は全体のバランスを踏まえた検討が求められます。

この記事を監修した弁護士
代表弁護士 平田裕也(ひらた ゆうや)
所属弁護士が150名程度いる大手法律事務所にて、約2年間にわたり支店長を務め、現在に至る。 大手法律事務所所属時代には、主として不貞慰謝料請求、債務整理及び交通事故の分野に関して,通算1000件を超える面談を行い、さまざまな悩みを抱えられている方々を法的にサポート。 その他弁護士業務以外にも、株式会社の取締役を務めるなど、自ら会社経営に携わっているため、企業法務及び労働問題(企業側)にも精通している。
